25周年対談『泉館長×ターザン山本』第6話『鑑定団鑑定士』

25周年対談『泉館長×ターザン山本』第6話『鑑定団鑑定士』

第6話

鑑定団鑑定士


25周年対談『泉館長×ターザン山本』 目次

第1話 5年ぶりの対談

第2話 コロナ禍、豊嶋裕司さんと「ウイルスマスク」

第3話 「世界のプロレス」と「ベトナム武道」

第4話 アメリカ

第5話 猪木さんの死去、そして猪木展

第6話 鑑定団鑑定士

第7話(最終回) 闘道館という場所

※20周年対談はこちら



ターザン山本:
館長はさ、しょっちゅうテレビの「なんでも鑑定団」に出てるじゃない?

泉館長:
しょっちゅうというほどではないですが、そうですね。
なんでも鑑定団。
その話もこの機会にしておきましょうか。

ターザン山本:
すごい回数やってるでしょ。

何回くらい?

泉館長:
正確には数えていないんですが、番組で鑑定したお宝は90品くらいだと思います。

初めて出たのが2006年なので、今年でちょうど20年になります。

ターザン山本:
すごいキャリアだね。


最初の鑑定は、ノゲイラのガウン

泉館長:
最初に出た時のことは、今でもよく覚えています。

当時、番組はすでに長く続いていました。
それまでスポーツ全般を扱う鑑定士の方がいらっしゃって、その方が辞められて、格闘技を担当する鑑定士がいなかったんですね。プロレスに関しては一時期、アメリカンの高橋店長が担当されたりしていたんですが。

そんな中で、私に話が来ました。

その時、闘道館はまだ最初の店舗の頃で、始めてから5年くらい。
私も30歳でした。

最初の依頼は、番組対抗のスペシャル企画でした。
小池栄子さんが、カンブリア宮殿代表として、PRIDEに出ていたノゲイラのガウンを持ってくるという話だったんです。

「ノゲイラのガウンに金額をつけられますか?」

と番組スタッフから問い合わせが来て、

「もしうちに入ってきたら、値段つけますよ」

と答えたら、やることになりました。

まだ島田紳助さんが司会をされていた時代です。

ターザン山本:
それは緊張するよね。

泉館長:
ものすごく緊張しました。

テレビの収録というだけでも緊張するのに、いろんな有名な芸能人が雛壇にずらっと並んでいる前で値段をつけ、解説を語る。

「この今しゃべっている自分の声が、そのまま全国に放送されるのか」と思うと、日本列島全体を見下ろせるくらいの高さからスカイダイビングしているような気分になってしまい(笑)、現実感がなかったです。


プロレスだけではなく、相撲もボクシングも

ターザン山本:
よくさ、プロレス・格闘技だけじゃなく、相撲もやってるよね。
鑑定。

泉館長:
そうですね。
相撲も格闘技なので、もちろんやりますし、ボクシングも、柔道も、ブルース・リーもやります。

闘道館は、もともとプロレスだけではなく、相撲、ボクシング、格闘技、武道も含めて扱っています。

だから私の中では、そこに違和感はないです。

ただ、相撲の依頼、例えば江戸時代の雷電の手形とかが来ると、

「そんなことも分かるの?」

と言われることはあります。

でも、実際にこうした古物を扱って、値段をつけて、世の中に回している専門店が他にないのであれば、私がやるしかないと思っています。

ちなみに雷電の手形の真贋は、手形が多数残っているので、それらとじっくり見比べれば、それほど難しくないです。

ターザン山本:
でも、うるさいマニアがいっぱいいるじゃないですか。

泉館長:
そうですね(笑)。


「マニアに負けないところ」まで調べる

泉館長:
鑑定するにあたって、まずは依頼品その一点に関して、
日本で一番詳しいマニアや研究家に負けないところまで調べる
ということを意識しています。

もちろん、100%何でも分かるわけではありません。

学問でもそうだと思うんですが、最先端のところまで調べても、最後は分からない部分が残ることがある。

でも、

「ここから先はもう調べようがない」
「今、一番詳しい人たちの間でも、ここまでは確認できるが、その先は分からない」

というところまでは行き着いていたいんです。

そこまで行かない段階で、モノの正体を掴まずに値段をつけてはいけないと考えています。

それは私個人の頭の中の知識だけでやっているわけではありません

闘道館にある資料。
自分の店の資料が使い放題なのは大きいです(笑)。
一番活用させていただいています。

それでも足りなければ、他のお店など、そこらじゅう探し回って取り寄せたり、国会図書館に行くことも普通にあります。

そうやって、番組が決まってから収録までの間は、その依頼品に関して知り得る限りの情報を調べます。

その上で、今までお店をやってきて知り合えた「この分野ならこの人」というブレーンになってくれる人に、参考意見を聞くこともあります。

だから一回一回、かなり重いんです。

ターザン山本:
あれ、ミスは許されないもんね。

泉館長:
基本的には許されないです。
番組としては、それを“正解”として出すわけですから。

↑番組本番中、力道山のガウンを鑑定中。
依頼人はアントニオ猪木さん

本物か、そうでないかを言い切る重さ

泉館長:
鑑定士だから、相撲でいう立行司のつもりで、間違えたら切腹するくらいの気持ちでやっています。

格闘技でいうとジャッジ。
なので出演時は毎回、空道のレフェリーネクタイをつけて出ているんです(笑)。

昔、東孝先生から
「お前がジャッジするんだから、このネクタイ締めとけ」
と言われていただいた、今となっては先生の形見だと思っているネクタイなんですが。

ターザン山本:
へえ、確かに鑑定士はジャッジだもんね。

泉館長:
でも、実際にはすごく微妙なものもあります。

本物かどうか。
言い切るのか、言い切らないのか。

ギリギリの判断になることもある。

ただ、番組では最終的に、

本物か、本物ではないか

は、はっきり言わないといけない。

そこが本当に難しいケースがあるんです。

ターザン山本:
だってこの世界はさ、偽物と贋作が山ほどあるわけじゃない。
名人がいるわけですよ。

泉館長:
贋作も、もちろんあります。

ビンテージマスクでは、贋作者が当時の生地をあえて使って、古く見せかけ、そっくりに作るということもあります。

ただ、プロレス・格闘技関係の品の場合、いわゆる贋作のパターンよりも、同じメーカーが同時期に作ったスペアのシューズやコスチュームが何着かあって、本当にその試合で使ったものかどうかは、そのものだけ見ても分からない場合も多いんです。

本人用に作られたものだとしても、それを本人がいつ使ったものか。
あるいは使っていなかったのか。
その見極めが難しいことが多いです。

なので、当時の資料を引っ張ってきて、細かく検証するという鑑定の仕方になることが多い。

収録現場でパッとモノだけ見て判断するのではなく、事前鑑定でどこまで掘れるかが勝負。
現場で実物を拝見するのは、最終確認でしかないことが多いです。

番組スタッフは調査をサポートしてくれることはありますが、最終的には鑑定士の判断を番組は全面的に尊重してくれます。

逆に言うと、そこは担当の鑑定士に任されているんです。

だからプレッシャーはあります。

ターザン山本:
目に見えないプレッシャーはすごいですよ。


白井義男のグローブで、危うく判断が変わりかけた

泉館長:
初期の頃に、印象に残っている鑑定があります。

具志堅用高さんが持っていた、
白井義男が日本人で初めて世界を獲ったとされるグローブです。

白井義男は、対戦相手のダド・マリノと複数回戦っています。

その中で、どの試合で使われたグローブなのかを判断しなければならない。

日本人が初めて世界タイトルを奪取した歴史的グローブなのか。
その前のノンタイトルの前哨戦なのか。
あるいはタイトルを取った後の防衛戦のものなのか。

重みや意味がまったく違ってくる。

具志堅さんは「世界を奪取した時の試合のものだ」とおっしゃっている。
でも本当にそうなのか。

そこは資料と突き合わせるしかない。

まず、ボクシングマガジンさんにお願いして、資料室で当時の写真を調べさせてもらいました。
ネガやポジを拡大して、一枚一枚見ていく。

すると、多くの歴史本などに掲載されている「王座を奪取した時」とされている写真のグローブと、依頼品のグローブのエバーラストのロゴの形が、ほんの若干違っていることが確認できたんです。

「あれ、これは違う試合のもの、確かに世界戦ではあるが、獲得した試合ではなく、防衛戦の可能性が高い」

これは防衛戦のものとして金額をつける方向で、収録直前まで考えていました。

でも念のため、当時の世界タイトルを奪取した時のニュース映像が他局に眠っているというので、それもスタッフにお願いして取り寄せ、確認させてもらいました。

昔の白黒のボクシングの試合映像ですから、グローブのロゴの形なんて、動いている間はほとんど見えません。

でも、ラウンド間に座っている時に、一瞬だけロゴがはっきり見えたんです。

そこを止めて確認したら、

依頼品のグローブのロゴとぴったり一致したんです。

もし当時の映像まで確認していなかったら、私は違う判断をしていたかもしれない。

危なかった。

「本に掲載されていた写真が違っていたんです」なんて、放送後に言っても言い訳にならない。

そういうことがあるんです。

ターザン山本:
それは怖いよ。
最後の最後でひっくり返るんだね。

泉館長:
そんなこともあります。

写真だけだと分からない。
本に載っているから絶対とは言えない。
本が間違っているかもしれない。

鑑定って、そういう積み重ねなんです。


真贋の判断は、鑑定士に背負わされる

泉館長:
例えば、サインの鑑定でもそうです。

一見すると本物に見える。
他の専門家のチェックでも問題ないだろうと言われる。

でも、どこかに違和感がある。
その違和感を無視できない。

そこからさらに調べる。

こういう作業は、放送ではなかなか見えないんですけど、実際にはかなり時間をかけています。

かなり調べて、結局採用されずにボツになることもよくあります。

ターザン山本:
鑑定っていうのは、値段をつける前に、まず疑う作業なんだね。

泉館長:
そうですね。

まずは徹底して疑う。
人の言葉を鵜呑みにしない。

石橋を叩きまくって、渡ります。

性格悪くなりそうですね(笑)。


大鵬の化粧廻しと、放送後の反応

ターザン山本:
他に変わったものとか、すごいお宝とか、例えばどんなものがあったの?

泉館長:
うーん。
鑑定団は毎回、印象深いんですが、今パッと頭に浮かんだものだと、たとえば一昨年の大鵬の化粧廻しです。

依頼人のおじいさまが大鵬と同じ部屋のほぼ同期で、大鵬から譲ってもらったものという話でした。

朝日をバックに、魚が海から飛び跳ねている絵柄だったんですが、それを大鵬が身につけている写真が見つからない。

大鵬が関取時代のすべての相撲月刊誌を調べてみても出てこない。

ただ、状況的には大鵬のものであることは疑いにくい。

化粧廻しは、後援会などのタニマチ筋から贈られます。
大鵬ほどの人気力士になると何本も贈られ、大関昇進の時点ですでに14本持っていたことは確認できました。

三役前の時代の化粧廻しは、なかなか資料が残っていないことがあってもおかしくない。
今回のものは、おそらくその中の一本。

その上で、絵柄の意味を考えました。

もともと大鵬という名前は、中国の古典『荘子』に出てくる、
「北の海には大きな魚が棲んでいて、それが一度鳥に化けると、ひとっ飛びに何万里も飛ぶ」
という、魚から鳥に化ける伝説の生き物に由来します。

なので、ここで描かれている魚が海から飛び出して鳥に化け、どこまでも大きく羽ばたいてほしいという、大鵬への期待を込めて描かれているのではないかと推測しました。

そういう意味でも、味わい深い絵柄なんです。

大鵬は昭和35年に新入幕に上がった最初の場所で、いきなり初日から11連勝し、一気に花形力士になり、大鵬ブームを巻き起こします。

この化粧廻しの絵柄のとおり、日の出の勢いで世に飛び出した。

その頃のものと考えるのが一番辻褄が合う。

時代を駆け上がった当時の大鵬の化粧廻しの一本。

そういう鑑定をしました。

「開運!なんでも鑑定団」ウェブサイトの鑑定データベースにも掲載されています。
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20240820/06.html

でも放送後に、

「馬簾が紫のまわしは横綱でないとつけられないのに、そんな基本的なことも知らずに適当なことを鑑定士が言っている」

というようなクレームが来たそうです。

そう思った人がいるということは、おそらく相撲に詳しい方で、同意見だった人もたくさんいたはずです。

でも、その化粧廻しの馬簾は紫ではなく、元々は青だったんです。

長期間飾っていたので、色がヤケて飛んでしまい、紫に見えているだけで、ヤケのない裏側を見ると今でも真っ青だった。

それを本番収録中では、分かるように化粧廻しをめくって、色落ちしていることを伝えてはいたんです。

ただ、テレビではどうしても時間の制約があるので、そこまでの細かい説明は入りませんでした。

ターザン山本:
テレビはキュッと編集するからね。

泉館長:
そうなんです。

そういう誤解はいくらでもあるはずです。

こちらとしては、説明したいことを寸評に凝縮させて、本番では3分から5分ほどに短くまとめて話しています。

ただ、実際に放送されるのは、短ければ30秒ほど。長くても1分ちょっとに編集されたものです。

どこを切り取るかで、印象が変わってしまう。

それはしょうがないんですが、いつか、詳しく知りたい人向けに、そうした寸評の背景まで残せる場があればいいなと思います。


鑑定団の金額は「東京の専門店の上限」

泉館長:
値段のつけ方についても、最初にプロデューサーから言われたことが強く残っています。

鑑定団の値段というのは、
東京の専門店での値段の上限
だと。

ニューヨークの値段ではない。
北海道の値段でもない。

テレビ東京の番組なんだから、東京で専門店をやっているところの値段を基準として出す。

そう言われました。

だから私の中では、

闘道館で出せない金額はつけられない

という感覚があります。

歴史的価値とか思い出と言えば、ものによっては本当にプライスレスです。
いくらでも高くつけることはできてしまう。

でもそれをやると、他のものとのバランスが崩れる。

闘道館の中の相場感で成立する範囲。
買う人がいるかどうかは分からないけれど、ここまでなら評価できるというライン。

そこを探すわけです。

ターザン山本:
ああ、なるほどね。
館長が番組に呼ばれて値段をつける意味は、そこだよね。

評論家ではない。
お店をやっている現場のリアリティが求められているんだよ。

泉館長:
そうなんです。

相場とずれた売れない金額にしてしまうと、リアリティがなくなり、私がつける意味がなくなってしまう。

だから、鑑定団で私がつける値段には、路上の現実ならぬ、市場のリアリティもなくてはいけないんです。


棚橋弘至の引退コスチュームをどう評価するか

泉館長:
最近で値付けという部分で難しかったのは、先週、2026年3月に放送された棚橋弘至選手のコスチューム一式です

去年プロレス大賞のMVPを取った上谷沙弥さんが、今年の1月4日、東京ドームでの引退試合で使用したコスチュームを持ってこられたんです。

棚橋社長と事務所が同じフロアだから、というご縁もあったのかもしれません。

これは逆に難しかった。

歴史的な古いものなら、まだ評価しやすい部分もあります。
でも今まさに、ドームの熱気がまだ世に残っているものに、今の値段をつける。

しかも今回の棚橋選手の場合は、単に一人のレスラーのコスチュームというだけではありません。

棚橋選手のコスチュームは過去に扱ったこともありましたが、それまでと今回の引退試合のコスチュームとでは、意味の次元が違う。

プロレスで東京ドームが超満員になったのは、1998年のアントニオ猪木引退興行以来。
21世紀では初めての出来事でした。

つまりこのコスチュームは、新日本プロレス復活の物語を締めくくった、記念碑的な大会を象徴する逸品でもあると言える。

一つの時代を築いたことを立証し、棚橋弘至というレスラーがまさに歴史的存在へと昇華したことを表すモノとして評価しなくてはいけない。

だから、棚橋選手個人への評価だけではなく、
新日本プロレスの復興の象徴としての評価
も入ってくる。

だけど、さっきも言ったように、歴史的価値だけではなく、実際にファンに販売して取引が成立するであろうリアリティも問われる。

ターザン山本:
うん。なるほどね。
難しいね。

泉館長:
私は最終的に800万円とつけたのですが、

https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20260324/14.html


この金額は現役の日本人プロレスラーのコスチュームとしては破格で、そういう金額で取引が実際に成立した前例は、まだないはずです。

なので、お客さんからは、

「めちゃくちゃ高い金額をつけましたね」
「棚橋で800万円って、どうしちゃったんですか?」

という感想がある反面、

「あれだけ東京ドームを満員にしたんだから、猪木のガウンが1000万円なら、それ以上つけて世間にプロレスの凄さをアピールしても良かったのでは」

という関係者もいました。

ターザン山本:
へえ、人それぞれだねえ。
うん、ボクだったら3000万って言ってますよ!

泉館長:

そうなんです。人それぞれの感覚があるので、いくらにつけても必ず何か言われます(笑)


自分としては、まずは棚橋選手の大ファンだったらどう感じるか。
それを想像できないと、値段をつけられないと思いました。

それでまずは、棚橋選手の本を何冊か読み直し、引退記念DVD BOXを全部見直しました。

12時間くらいあるんですけど、もう一回、棚橋選手の視点でデビューから今までの歴史をずっと振り返りました。

言葉としては「V字回復の立役者」という表現がすぐに出てきますが、それを改めて27年間の時間軸でしっかり想像していくと、今まで見過ごしていたこだわりや葛藤が見えてくる。

そして熱心なファンだったら、どういう感情で最後のドームを迎えたのかも。

100万円のチケットを払って最前列に座ったファンになった気持ちで。

そう考えると、ファンの中には実際にこの金額を出す人がいてもおかしくないな、という感覚になりました。

ただ同時に、時代の違いをどう評価するか。

確かにこの20年、マット界を引っ張ってきた第一人者だけれど、猪木さんがやってきたことと比べてどうか。

日本のプロレス史全体から見たら、どういう評価になるのか。

そういうことも含めて、ただしあくまで、収録日時点での金額として出しました。

試合の翌日だったり、逆に1年後だったら、また違う金額になるはずです。

ターザン山本:
マグロも初競りと普段では金額が全然違うもんね。

泉館長:
そうですね(笑)。
確かに料理で言うと、今回はナマモノでした。



猪木とマサ斎藤の巌流島にまつわる品

泉館長:
アントニオ猪木さん関連のものも結構やっているんですが、愛媛で出張鑑定をやった時の、巌流島の櫂が出た回も印象深いです。

猪木さんとマサ斎藤さんの巌流島決戦に関係する品です。

私の中でポイントだったのは、その品が単なる記念品ではなく、猪木さんが船に乗っている間、ずっと抱えていたものだということでした。

猪木さんは自伝の中でも、その時、涙が止まらなかったと書いている。
また、当時の記者の証言でも、目を真っ赤にして泣いていたという話がある。

だからその櫂が本物であれば、史実として、あの時の猪木さんの苦しみの涙が染み込んだものという評価をプラスしなくてはいけない(笑)。

もちろん、実際にその涙が染み込んでいるかどうかは、いまさら検証できません。

でも状況証拠としては、そういうストーリーが通る。

だから私は、猪木の涙の意味と苦しみ、その思いをかなりしっかり話しました。

↑巌流島の櫂
猪木の涙が沁み込んでいる

「アントニオ猪木がこの櫂を携えて乗っていた小舟の名前は、“幸せを信じる”と書いて幸信丸でしたが、この時の猪木さんは、幸せの対極にいました。

様々なスキャンダルにまみれ、プロレスの興行も裏目裏目で、ファンの暴動が起こるほどの失敗続き。テレビ放送の視聴率も低迷し、膨らみ続ける借金は返済の目処が立たない。そんな中で決まった倍賞美津子さんとの離婚。

おしどり夫婦と呼ばれ、新日本プロレスを旗揚げ時から支えた最大の功労者でもあった美津子さんとの別れ。離婚届を出したのは決戦の二日前でした。

決戦前日は39度の高熱を出し、猪木さんは遺書とも受け取れるような決意書までしたため、多額の死亡保険を自身にかけて、この闘いに挑みました。

心身ともに最悪のコンディションの中、舟の中で猪木さんはこの櫂を抱えながら、とめどもなく溢れ出る涙が止まらず、ずっと泣いていたそうです。上陸の瞬間を捉えたカメラマンの『櫂を持った猪木は赤鬼のように目を真っ赤に腫らしていた』という証言もあります。

そうやって始まった闘いは、日が沈み、夜になっても続きました。篝火が焚かれる中、文字通り精魂尽き果てるまでとことん闘うことで、心にまとわりつくネガティブなことすべてを洗い流す。

猪木イズムの真骨頂。
どんなに追い詰められようが、どうってことねえよと開き直り、苦しみの中から立ち上がったんです」


こんな感じで語ったんですが、

ただ、テレビではどうしても時間の制約があります。
放送ではこの下りは長いので全部カット、

「猪木とマサ斎藤が戦った時のものだからすごい」

という形で伝わった印象でした。

https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20241203/08.html

いつものことなんですが、でもその時は、依頼人の方もすごく感激してくださって、後日になって、

「猪木展で一緒に飾る時に、泉さんの寸評もノーカットで一緒に貼ってください」

と言ってくださって嬉しかったです。

ターザン山本:
それは大事な話だよ。
モノは事実だけじゃない。
そこに乗っている情念があるんだよ。

泉館長:
そうなんです。

お宝をただの物体として見るのではなく、そこにどんな感情が宿っているのか。

そこを伝えたいんです。


鑑定団は、自分にとっての試合

泉館長:
私は鑑定団に出る時、番組用にただ話しているわけではありません。

自分の中では、毎回試合に出るつもりでやっています。

依頼人にとって本人希望額と違う結果でも、最終的には納得してもらいたい。

できるギリギリまで調べて、その時点で自分が出せる答えを出す。

それを毎回やっています。

自分では試合のつもりです。

しゃべるのは苦手なので、その努力もして(苦笑)

ターザン山本:
それは試合だよ。

リングはテレビだけど、やっていることは勝負だよ。

間違えられない。
言い切らなきゃいけない。

しかも見ている人が何百万、何度も再放送もするから、へたしたら何千万といる。

↑ゲストで登場した小橋建太さんと


ブッチャーのベルトと「本物」と言い切る責任

泉館長:
鑑定団の話ばかりしていますが、お店でも普段から同じ緊張感のあるお宝をたくさん扱っています。

例えば今、下のショーケースに飾ってあるアブドーラ・ザ・ブッチャーのチャンピオンベルトがあります。

これは、全日本から新日本への引き抜き騒動があった時、ブッチャーが初めて新日本のリングに上がって、片手に持ってきたベルトだという話でした。

「俺はIWGPに賛同する。こんなベルトはくれてやる」

というような文脈の中で、そのままリング上で返上したベルトです。

ただ、これが本当にそのベルトなのか。
レプリカではないのか。

そこを調べるのが大事なんです。

ベルトはレプリカが山ほどあります。

当時の写真、雑誌、映像、入手経路。
全部を突き合わせる。

トリニダードのベルトと紹介されているけれど、現地の映像に出てくるものと、新日のリングに持ってきたものとは細部が若干違う。

それが修理や差し替えによるものなのか、別物なのか。
そこも考察する。

最終的に、入手経路や劣化感、作り、再現される必然性などを積み重ねて、

これは本物で間違いないだろう

というところまで持っていく。

ただし、それでも100%と言い切れるかというと、ものによっては難しい。

だから私の中では、

95%、98%、99%まで来た時に、
それを「100%ではないから」と言って扱わないのも違う。

でも70%とか80%とかで本物と言ってしまうのは無責任。

そのさじ加減です。

ターザン山本:
そこが専門店の覚悟だよね。

泉館長:
そうですね。

言い切るというのは、無責任に断言することではなくて、自分が保証するということです。

もし将来、研究が進んで第三者的に違うことが証明されたら、何年経っていても対応する。

いちいち鑑定書はつけていませんが、
そういう責任まで含めて、「本物」と言う。
そこは闘道館として、すごく大事にしています。

ターザン山本:
それは誠実だよ。

歴史って、あとから分かることがある。
だから修正する勇気も必要なんだよ。

泉館長:
本当にそう思います。

鑑定は、その時点での到達点です。

でも、新たに信頼度の高い証言が出たり、研究が進んだりすれば、答えが変わることもある。

だからこそ、常にアップデートしなくてはいけない。


鑑定団が教えてくれたこと

ターザン山本:
館長がやっている鑑定というのは、単に値段をつけることではないということです。

モノの背景を調べる。
人の記憶を受け止める。
世の中に伝える。

その上で、責任を持って金額を出す。

館長がやっているのは、値段をつけているようで、実は文化を翻訳しているんだよ。

プロレスの世界にあるものを、一般の人にも伝わる言葉に変えている。

それが鑑定団での役割なんだよね。

泉館長:
そうかもしれません。

鑑定団は、プロレスや格闘技の資料を、一般の方に届ける大きな入口でもあります。

そういった意味でも毎回、自分の中では観衆の前で闘うプロとしての試合だと思っています。

依頼品の魅力をどう伝え、どう魅せられるか。

そこを毎回、考えています。


次回

第7話(最終回)
闘道館という場所

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