25周年対談『泉館長×ターザン山本』第3話『「世界のプロレス」と「ベトナム武道」』
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第3話
「世界のプロレス」と「ベトナム武道」
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コロナ禍の海外
泉館長:
コロナ禍の中、店としてはいろいろ探りながら動いていました。
イベントも完全に止めるわけにはいかない。
やりすぎてクラスターでも出たら叩かれる。
そんな中で、ギリギリのところを見極めながらやっていたんです。
2022年になって、
「海外はもうコロナが落ち着いているのかな」
と感じることがありました。
そのきっかけが、
“主戦場地球”を標榜するプロレスラー・富豪2夢路さんでした。

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コロナ禍なのに海外に行きまくるレスラー
泉館長:
夢路さんとは、

イベントスペースでは小さいながらもリングを組み立てて、
それを証明していただきました。
地下プロは夢路さんが主催しているわけではなく、
ターザン山本:
うん、そうだったね。アンダーグラウンドレスリング、
泉館長:
地下プロレスもコロナの時でも探り探りやっていたんですが、
コロナ禍にもかかわらず、です。
日本では「外出するな」「3密ダメ」
と東京都が言っている時期に、
「え? どういうこと?」と思って。
それで夢路さんに電話して、
「海外すごい行かれてますよね。僕も行きたいんです」
って言ったんです。
そしたら、
「来月ベトナム行くんで一緒に行きます?」
ターザン山本:
喫茶店で「ちょっとお茶します?」みたいなノリだね(笑)
その軽さがいいよね。

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ベトナムはもうコロナが終わっていた
泉館長:
それで2022年の夏にベトナムへ同行させてもらいました。
一応、外国人はPCR検査とかありましたけど、
バイクは大混雑の中、バンバン走っているし、
日本はまだ
「外出するな」
みたいな空気の時だったので、
「あれ? 世界ってもう終わってるの?」
と思いました。
ターザン山本:
それは日本が特殊だったんだよ。
海外は意外と早く日常を取り戻していた。
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ベトナムプロレス
泉館長:
そしてベトナムにもプロレスがあるんですね。
団体もいくつかあって、規模はそれなりですが、熱気があって、
「あ、こういう形でやってるんだ」
というのを見るのはすごく新鮮でした。
プロレスって、本当に世界中にある文化なんだなと思いました。
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ベトナム武道「ボビナム」
泉館長:
夢路さんは、ベトナム武道の「ボビナム」のマスター(師範)でもあるんです。
実はそのときのベトナム旅行のメインは、ボビナムの合宿だったんです。
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飛び入りで稽古参加
泉館長:
連れて行かれた体育館でやっていた稽古は、ベトナムトップチームの練習だったんです。
そこに日本の選手が出稽古として参加させてもらう。
ボビナムには大きく
・試合形式の ドイカン
・型や演武の クェン
の2種類があります。
私は大道塾(空道)をやっていたので、
体験したくてたまらなくなり、
初日からTシャツと短パンで飛び入り参加させてもらいました。
実戦を重視する打撃系総合武道という点では、
ただ、
毎日、汗だくになって夢中で参加しました。
46歳で蘇った青春状態(笑)。

ターザン山本:
それはいい経験だよ。
向こうの土俵に飛び込んで、
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型との出会い
泉館長:
ドイカンの練習が終わった後に、夢路さん――マスターフゴから
「型も少しやってみますか」
と、一番基本の型を教えてもらいました。
大道塾には型がないので、そこで初めて武道の型を習いました。
規定通りに動きを覚えなきゃいけない暗記は苦手なんですが、もう40代後半。
武道を通した表現の世界も触れてみるのもいいな。
「この機会にやってみよう」
と思ったんです。
それがきっかけで、帰国してさっそく翌週から、
を始めることになりました。

それから今まで4年近く、
世界大会にも日本代表として2回出場させてもらいました。
去年バリ島での世界大会では、
型の一つの種目で
銅メダル
をいただきました。
日本人男子でメダルを獲ったのは初めてだそうです。
これはかなりラッキーな面が大きかったんですが、

ターザン山本:
世界大会で銅メダル!?快挙じゃないですか!
ラッキーだろうと、獲ったもの勝ちですよぉ。
泉館長:
ただ、メダルより何より、
世界大会では、普段は接することのないたくさんの国の選手たちと
そして大会に向けて自分なりに毎日真剣に稽古し、
こんな体験が50歳間近にしてできるとは思わなかった。
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オーストリア(ウィーン)のプロレス
泉館長:
それからマスターフゴが行くところに、
例えば
オーストリア。

ターザン山本:
ウィーンですよ!モーツァルトの国。
泉館長:
そう、ウィーン。現地ではヴィエナって発音するんですけど、
ウィーンでプロレスですよ。

最初は全然イメージなかったんですが、
舞台の上でちょっとお笑い的な要素も入れながら、
「ああ、ここはこういう文化なんだ」
と感じました。

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空港にレスラーが迎えに来る
泉館長:
ウィーンでもフィリピンでも、
自分でホテルまでウーバー呼べると言っても、
恐縮しつつも、世界のレスラー文化に触れるというか、
レスラーのコミュニティ、絆の深め方に感心しました。
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ウィーンのプロレスミュージアム
泉館長:
ウィーンでは、
プロレス研究家の方の自宅の一部だったんですが、一室が
完全にプロレスルーム
になっている。
日本で言うと、京都のプロレス美術館さんみたいな感じです。
ターザン山本:
マニアがいるんだね。
泉館長:
そうなんです。
しかも、ただ好きなだけじゃなくて、現地では「

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闘道館の値札
泉館長:
面白かったのは、その部屋のお宝を見せてもらっていると、
闘道館の懐かしい値札や説明書き
が貼ってあるものが結構出てきたんです。
しかも、
私が汚い字で手書きしていた時代のもの
とか、もうだいぶ前に辞めてしまったスタッフの文字とか。
「あ、これ俺の字だ。これは○○さんのだ!こっちは△△さん。」
って。
つまり
日本
↓
どこかの国
↓
また流れて
↓
ウィーン
という形で文化が回っている。
今、あの時販売したものが回り回ってここに
宝物
として存在している。
それを見た時、心に沁みるものがあったし、
「ああ、知らないところで
世界ってつながっているんだな」
と実感しました。
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海外のファン
泉館長:
そしてベトナム、マニラ、ウィーンでも、各プロレス会場で
出張闘道館
をやりました。
テーブルを借りてグッズを売ったんですが、
例えば、プロ格ヒーローズのミニフィギュア。
じーっと見て、
「これ誰か分からないけど
髪型が自分に似てるから欲しい」
とか(笑)。
言葉はよく分からなくても、感性で選んで買っていく。
そこがすごく面白かったですね。

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日本グッズの魅力
泉館長:
日本のグッズは
クオリティが高い
んですよね。
海外のフィギュアは、
「動かして遊ぶ」
おもちゃ。
でも日本のフィギュアは
佇まい
なんです。
ムタの立ち姿とか、長州の雰囲気とか、
ターザン山本:
それはね、
プロレス版ジャポニズム
ですよ。
泉館長:
ジャポニズム。
ターザン山本:
浮世絵と同じですよ。
ゴッホが浮世絵を見て驚いたでしょう。
あれのプロレス版だね。
日本のうちわとか着物とかに西洋が驚いたのと同じで、
日本のプロレス文化に世界が驚いている
ということなんです。
泉館長:
そうですね。
しかも日本のフィギュアって、ただ似せてるだけじゃなくて、
ターザン山本:
それは歌舞伎や浄瑠璃の世界ですよ。
人形が、まるで生きた人間みたいに立つ。
あの感覚なんだよ。
泉館長:
そうなんです!
確かに、海外のフィギュアにはあまりない、
ターザン山本:
それはどこから来てるのかというと、
日本の、四季のきめ細かさなんだよ。
雪景色、桜、真夏の蝉、紅葉、
その空気の違い、余白、雰囲気。
そういうものを感じ取る感性が、日本人のDNAにはある。
西洋にはあまりない感覚なんだよ。
泉館長:
だからこそ、珍しいというだけじゃなくて、
ベトナムやフィリピンでもTシャツを並べていたら、
まだ今並べている途中なんだけど、というくらいの勢いで(笑)。
あれも、単に珍しいからではなくて、
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次回
アメリカ