25周年対談『泉館長×ターザン山本』第5話『猪木さんの死去、そして猪木展』
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第5話
猪木さんの死去、そして猪木展
25周年対談『泉館長×ターザン山本』 目次
泉館長:
この5年間を振り返った時に、
2022年10月1日。
マット界全体にとってもちろんですが、闘道館にとっても、
ターザン山本:
うん。
いつか亡くなるっていうのは、頭では分かっていても、
特に猪木さんは、ただのレスラーじゃない。
存在そのものが事件であり、時代だった。
だから亡くなった時に、
泉館長:
本当にそうでした。
猪木さんというのは、
だからその人がいなくなるというのは、
その意味を改めて総括しなくてはならない、
私自身、物心ついた頃からいろんな影響を受けてきました。
猪木さんがいなければ、当然、
もう二度と会うことはおろか遠くから観ることも叶わない。
私が猪木さんと、
きっと自分が死ぬ時に、走馬灯で流れる場面の中に入るだろうな、
・パラオ・イノキアイランドでの闘魂猪木塾で、
・2014年の北朝鮮で大会前にガッツリ握手した瞬間
・「なんでも鑑定団」での依頼人と鑑定士として向き合った瞬間
一生、忘れないです。
ターザン山本:
猪木さんはね、会った回数じゃない。
一回でも、その場に立ち会うと忘れられない。
それは、猪木さんが常に“アントニオ猪木”を背負っていたから。
普通の人と会った記憶ではなくて、
喜寿のパーティー
泉館長:
亡くなる2年前、喜寿のお祝いのタイミングでも、
ちょうどその頃、
・BI砲全盛期の大蛇のガウン
・IWGP時代の真紅の闘魂ガウン
どちらも、当時のアントニオ猪木を象徴する逸品です。
この2枚を喜寿のパーティーで飾ることになったので、

ガウンって、ただの衣装じゃないからね。
プロレスラーのキャラクターそのもの。
特に猪木さんのガウンは、その時代そのものを背負っている。
若獅子の時代には若獅子の猪木がいて、
闘魂の赤いガウンには闘魂に燃える猪木がいる。
見る人は、そのガウンのデザインを見ているんじゃない。
自分が見てきた猪木、自分が生きてきた時代を見ているんだよね。

闘病中でも、人前に出ると猪木になる
泉館長:
さらにその少し前の2019年に、
元実況アナの舟橋慶一さんの講座へのシークレットゲストという形
ステージを一段降りて、みんなと同じ高さから、最後に
「ダァー!」
をやって帰っていった。
あれも本当に印象に残っています。
闘道館の歴史の中でも、メモリアルな瞬間でした。
このパネルの写真は、その時の「ダァー!」です。
その時も、かなり体調が厳しそうでした。
裏で待機されている間、壁にもたれかかって、
でも、炎のファイターを流して、
「出番です」
と声をかけた瞬間に、
よし。
と目を見開いて、サッと歩き出す。
そして人前に出た瞬間、満面の笑顔で、完全にアントニオ猪木にな

ターザン山本:
アントニオ猪木はね、スイッチなんだよ。
人前に出た瞬間に、もう猪木になる。
あれは意識じゃない。
体に染み込んでる。
普通なら、体調が悪ければ表情に出るよね。
でも猪木さんは、人前に出た瞬間、
それがスターであり、プロなんだよ。
泉館長:
本当にそうでした。
お別れの会のガウン
泉館長:
猪木さんが亡くなったあと、両国国技館でのお別れの会で、
このガウンには、まさに燃える闘魂が今でも宿っています。
あれ以上、猪木さんの燃える闘魂を感じられるアイテムはない。
プロレスラー・
そのガウンの中でも、最も燃える闘魂のイメージ、
猪木さんも、
プロレス関連のもので、

国技館の会場で前日に一度セッティングしてみたんですが、
一度持ち帰えらせてもらって、自宅で丁寧にアイロンをかけ直し、
ターザン山本:
それは当然だよ。
あれは“物”じゃないから。
猪木さんの赤いガウンは、象徴なんだよね。
闘魂そのものだから。
それを飾るということは、ただ展示するんじゃない。
猪木さんという存在を、その場に立ち上げるということになる。

猪木展 全国行脚
泉館長:
そして、その流れで猪木元気工場さんから、猪木展でもガウンを飾
札幌、八戸、仙台、郡山、新宿、横浜、名古屋、金沢、大阪、
ターザン山本:
全国を回るというのは大きいよ。
猪木さんは東京だけの存在じゃない。
全国それぞれの土地に、それぞれの猪木がいる。
だから猪木展で全国を回るということは、日本中にある“

各地の濃いプロレス研究家
泉館長:
地方に行けば、その場所その場所に、
例えば金沢では、石田順一さん。
石田さんは、
プロレスショップをされていた大先輩でもあります。
ターザン山本:
うん。石田さん。よく知ってますよ。
そういう人がいるから、地方のプロレス文化は残るんだよ。
中央の団体史だけじゃなくて、地方には地方のプロレス史がある。
それを記録している人がいるというのは、
泉館長:
岡山では、梶谷晴彦さん。
元々は「飛翔」というクラッシュギャルズ・
岡山での猪木展の時も、晩御飯を食べながら、
当時の岡山のファン心理で生々しく伝わってきて面白かったです。
こういう方々の存在が、
それを再確認できたのも、
ターザン山本:
プロレス文化って、
移動するファンがいて、記録する人がいて、語り継ぐ人がいる。
そういう人たちがいて、初めて文化になるんだ。
泉館長:
名古屋には、蟹江敦さんがいます。
チャンピオンベルトコレクターとして有名な方ですが、
蟹江さんと話していると、
「このベルトはどこの工房がいつ作ったデザインで」
「この頃の団体はこうでああで」
と、どんどん話が膨らんでくる。
油断して聞き流していると、
「なので館長は次に誰それ氏に会った時に、
と要所要所で宿題が出されます(笑)。
自宅に泊まらせていただいて、
ターザン山本:
すごいねぇ。
でも、そういう執念が文化を支えるんだよね。
歴史というのは、誰かがしつこく調べて、聞いて聴いて、
蟹江さんみたいな人は、まさにプロレス文化の番人だね。
展示を見て涙する人
泉館長:
猪木展でもう一つ印象的だったのは、ガウンを見て黙って涙を流し
声をかけると、
「昔、父親と一緒にこの頃の猪木さんを見ていたんです」
と言う。
もう父親は亡くなっている。
でも、その人の中では、
猪木=父親との思い出
なんですね。
それぞれのアントニオ猪木を抱えた方が、
ターザン山本:
そこなんだよ。
猪木さんは、リングの上だけにいたんじゃない。
家庭のテレビの中にもいたし、親子の会話の中にもいた。
だからガウンを見て泣くというのは、
自分の過去、自分の家族、自分の人生を見てる。

猪木はそれぞれの人の中にいる
泉館長:
猪木という人は、レスラーでありながら、それぞれの人の人生の中
馬場とタッグを組み乗り越えようと挑む猪木。
アリと闘うと同時に世間とも闘う猪木。
最後に舌を出して周囲をざわつかせた猪木。
選挙でも闘い、世界の政治にも飛び込んでいく猪木。
人によってとらえ方は当然違うけれど、
でも、みんな自分の猪木像から何かしらの影響を受ける。
こんなスケールの人はアントニオ猪木しかいない。
ターザン山本:
猪木っていうのはね、神話ですよ。
だから見る側が勝手に自分の物語を重ねる。
そこがアントニオ猪木のすごさだよね。
猪木さんは、答えをくれる存在じゃない。
見る人に問いを投げる存在なんだよ。
「お前はどう生きるんだ」
「お前は闘っているのか」
そういう問いを、今でも投げてくる。
だから亡くなっても終わらないんだよ。
猪木展が残したもの
泉館長:
猪木展を通していろんな都市を訪ねて現地の人たちと触れ合えたこ
ガウンなどの実使用品だけでなく、
ポスターもフィギュアもTシャツも雑誌のバックナンバーも、
そこに人の記憶が重なる。
そしてそれが束になると文化になる。
それを強く感じさせてくれました。
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鑑定団鑑定士